第3回「無いものは創る~特別なことから自然なことへ シフトチェンジ~」

2018.12.3

第3回「無いものは創る~特別なことから自然なことへ シフトチェンジ~」

第3回 「無いものは創る~特別なことから自然なことへ シフトチェンジ~」

『ホームレス支援の現状から見えること

 

著者:坂下 美渉(さかした みさ)氏 プロフィール

特定非営利活動法人あきた結いネット理事長

 社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、相談支援専門員。秋田市地域福祉活動計画策定委員、秋田県児童会館運営委員。

 高齢福祉・司法福祉分野で働いた経験を活かし、平成25年10月にNPO法人設立。「秋田県で困っている人なくそう!!」をスローガンに身寄りのない方や生活困窮者、障がい者の支援に携わっている。長い物に巻かれることを嫌い、『声なき声』と向き合うことに全力を尽くす。今年(平成30年)で40歳。人生の折り返し地点!

 

 

 今回は「ホームレス支援」についてお話しします。

 皆さまがお住まいの地域に、ホームレス状態で生活されている方はどのくらいいるのでしょうか。よく見かけるという方もいれば、よく分からないという方もいるでしょう。私は20代前半から福祉の仕事をしてきましたが、「ホームレス問題は県外で起きていること」という認識が強くありました。

 その理由として考えられるのは、私のなかにあるホームレスのイメージが、駅や公園で段ボールに横たわっている人たち、というとても限定されたものであったということが影響しています。雪国秋田、寒くて雪の多いこの地においてホームレス生活はできないと考えていたのです。

 

社会の狭間と闇

 そして5年間、秋田県でホームレス支援に携わってきて思うこと。

 『住む場所を失う』ということは、私が考えていたよりも身近にあり「他人事ではない」「明日は我が身」という何ともやりきれない感情とともに支援活動の限界を感じるに十分な経験となりました。

 『俺は望んでホームレスになった訳じゃない』

 この言葉は、支援活動のなかで当事者の方がお話しされたことです。自己責任論だけでは片づけられない「社会の狭間と闇」がそこにあります。不況のなか、職を失う人と失わない人。困ったとき、頼れる身寄りがある人とない人。誰かに助けてと言える人と言えない人。

 もしかしたら人生の選択をどこかで間違えていたのかもしれないけれど、いくつかの選択を誤っただけでホームレスになってしまう社会。一度、その深い闇に落ちてしまうと元のフィールドまで這いあがることは容易ではありません。

 ここで資料を参考にしながら少し勉強をしましょう。

( ※ 以下、画像をクリックすると別ウィンドウで開きます。)

都道府県別 ホームレスの数

 出典:厚生労働省

「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果」

ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について

 

 この調査およびホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年法律第105号)におけるホームレスの定義は、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」となっています。調査方法は市町村による巡回での目視調査で、調査実施時期は毎年1月です。

 

数字があらわすもの、声なき声

 皆さまがお住まいの都道府県におけるホームレス数は想像どおりでしたか?ぜひ、秋田県のホームレス数に注目してください。平成28年から平成30年まで「0」となっています。私たちの活動成果としてホームレス数がゼロになった!と喜ぶべきものではなく、知るべきは『声なき声』の存在です。

 平成30年1月~10月末現在において当法人に寄せられた「住む場所がない」という相談は52件。この数字の違いをどう捉えたら良いのでしょうか。

( ※ 以下、画像をクリックすると別ウィンドウで開きます。)

あきた結いネット 相談受付件数

 

自己責任論が意味することとは

 ここでホームレス支援の事例をひとつ紹介します。

 Aさん(男性)50代

 ホームレスになる前は公営住宅に入居していましたが、職を失い家賃が支払えなくなったため、悩んだ末ホームレスを選択しました。頼れる身寄りや友人はいなかったのです。

 「家賃が払えないのは自分の責任。市役所に相談なんてできないよ」

 人に迷惑をかけたくないと強く思っていたAさん。生活保護制度につながっていたらホームレスになることはなかったかもしれません。熊が出るような山のなかに廃材を集めた小屋を作り、生活をはじめました。未明に飲食店から出る残飯をあさり、近くの沢で服や体を洗う生活は、当法人がホームレスの受け入れを行うようになるまでの約9年間続きました。その間、Bさんの生活状況を知った行政機関の担当者は、定期的に様子を見に来てくださったそうです。

 行政の担当者から「生活保護を受給する為にはまず住む場所を決めてきてください」と話され、不動産会社へ相談に行くと「生活保護が決まったらアパートを貸します」と帰される。

 こんなやり取りが9年の間に何度も繰り返されたそうです。

 「60歳までこんな生活をするくらいなら、死んだほうがマシだ」

 Aさんはホームレス生活のなかで希望を失いました。声をかけてくれる行政職員や巡回してくれる警察官に感謝の気持ちや、友人のような親しみも感じていました。生活困窮者自立支援制度ができる前だったその頃、ホームレス支援を行うNPO法人等がなかった秋田において、Aさんを救う手立てはなかったのです。

 2013年に当法人が立ち上がってすぐ行政の担当者から相談をいただき、Aさんを受け入れしました。50代という年齢のハンディもなんのその。入居から2か月で県外に仕事が決まり、巣立っていきました。

 この事例から私たちは何を感じ取ったら良いのでしょうか。Aさんが9年間もホームレスだったのは行政の責任と考える方もいるでしょうし、自らホームレス生活を選んだAさんに責任があると考える方もいるでしょう。責任の所在を追求することが大切な場合もありますが、この事例において私は、9年という長い月日Aさんを見守り続けてくださった行政や警察の担当者の皆さまに感謝の気持ちを持っています。

 相談業務を行っているとクライエントの利益を守るため、ついつい連携する団体や行政に無理なお願いや批判をしてしまいがちです。

 第2回コラムにも書いていますが、何か上手くいかないことがあると「行政が悪い」と言ってきた私ですから、スタンスを変えないままAさんを受入れしていたら口から出てくる言葉は感謝ではなかったと思います。

 

誰にでも感情があるということ

 各機関、担当者には役割があってできること、できないことがあると認識してから仕事のスタンスが大きく変わりました。

 それはちょっとしたキッカケです。

 私は休みの日、買い物をするためスーパーへ行きました。そのとき、いつも私に対して厳しい言葉をぶつけてくる某機関のワーカーBさん(30代、男性)を発見しました(大きい声では言えませんが、当時は苦手でした…)。

 「休みの日に遭遇するなんて今日は運が悪いな」と少しばかり思ったのですが、Bさんの腕のなかに視線を落としたとき、2歳くらいの男の子がとても嬉しそうに抱っこされていることに気づきました。

 「あっ!Bさんってお子さんがいるんだ」

 年齢からしたら子どもがいてもおかしくないのだけれど、仕事の役割から離れたBさんは父であり夫であるのだと気づき、苦手だと思っていた気持ちに変化が生まれてきました。お子さんを見つめるBさんの表情は、優しく穏やかで私が思っているような人ではないのかもしれないと感じました。

 「Bさんの立場や許されている権限を理解せず、私は一方的な主張を繰り返してきたのではないか…」

 Bさんは某機関のワーカーである前に「感情のある一人の人間」であるという当然の視点が欠落していたからこそ、相互理解ではなく批判という選択をしてきた自分に気づきました。

 当法人が取り組んでいるホームレスや触法者の支援はいまでこそさまざまな機関にご理解いただいていますが、活動当初は名刺交換もしてもらえない状況がありました。私の顔を見るなりあからさまに嫌な顔をする担当者もいましたし、話を聞いてもらえないこともありました。制度の狭間を支援する活動のなかで最も怖いことは、存在を無視されること、無かったことにされることです。

 相手の反応が厳しいものであっても、話を聞いてくれたことに感謝し相互理解できるよう何度でも話し合う。それがとても大切だと考えています。

 Bさんとは現在、素晴らしい連携関係にあります。相手の立場を理解すること、一方的な批判は何も生み出さないこと。福祉に携わる人間として、自分の価値観や視野が狭まっていることに気づき、軌道修正を柔軟に行うことができるということは、大きな強みになると感じています。どんなに苦手な相手でも、それは仕事上の役割がそうさせていることであり、人間性までもが否定されるものではないと解釈できます。

 

理解されるまで活動し続けること

 少し話は戻りますが、厚生労働省による秋田県のホームレス数0人と「住む場所なし」の相談件数52件について考えを述べたいと思います。

 私の個人的な見解ではありますが、この数字の差が支援活動に影響を与えることはありません。正確な数が把握されることを勿論望みますが、そうでなかったとしても私たちは「声なき声」と向き合います。国が把握するホームレス数が0人である以上、活動資金を補助してもらえる可能性は極めて低いです。

 それでも、ありとあらゆる方法を駆使して私たちは支援活動を継続していきたいと考えています。先立つものがないことを理由に、「声なき声」をなかったことにする。社会福祉法人やNPOが最もしてはいけないことではないかと私は考えています。

 そろそろ今回のコラムも終盤となりました。

 第3回目のお題をお伝えしたいと思います。第3回のお題はこちら。

 「あなたは自己覚知していますか?」

 皆さまご存知のように自己覚知とは、「己を知る」ことです。学校や資格を取得するとき、幾度となく学び、必要性を感じてきた言葉だと思います。自己覚知することで自分の感情や言動の本質に気づき、専門職としてあるべき支援の方向性を見失うことなく進むことができます。

 どんな場面であなたの心は揺さぶられ、感情が乱れるのでしょうか。

 どんな利用者さまには穏やかな気持ちで対応できないのでしょうか。

 どんな同僚には協力したくないと思うのでしょうか。

 上司のどんな言葉はあなたの心に響き、上司のどんな言葉はあなたを傷つけるのでしょうか。

 喜怒哀楽は人間にとって必要な感情表現です。しかしその感情をどう扱うかで、他者からの評価が変わるのも事実です。不満や苦情は他者に対して「こうあって欲しい」「こうして欲しかった」というあなた自身の願望が満たされなかったときに生まれる感情です。

 自分の感情を理解し、感情の波で他者に迷惑をかけることがないよう、己と向き合い続ける。自己覚知を続けていくことは自己実現の道につながっていると私は思います。

 

 最後に、読者の皆さまよりお寄せいただいたご質問にお答えしようと思います。

【ご質問】

 (第1回コラムより)「正直な話、気がついたらいまのような活動をしていたといったほうが良いかもしれませんね。地域の課題に向き合い、制度の狭間を見つめ続けた結果、本当に必要とされている取組に気づくことができました。自分達が取り組みたいことを事業にするのではなく、地域の声を事業化することに専念した結果、自分達の想定を超えた事業展開となってしまった感じです。」

 とありますが、地域の課題や制度の隙間を見つめる、というのは具体的にはどのようなことでしょうか?教えてください。

 

【回 答】

 ご質問ありがとうございます。

 あきた結いネットの取り組みは、平成25年に法人設立後、ホームレスを受け入れるシェルターや罪を犯した方の住む場所を提供する自立準備ホーム(法務省委託事業)から始まっています。

 私は平成22年から約4年間、秋田県地域生活定着支援センターで相談員として勤務していました。このセンターは矯正施設入所中の高齢者や障がい者が出所した後に住む場所や福祉サービスで困らないようコーディネートをする役割を担っているですが、帰る先を調整するにも地域に受け皿となる社会資源がなければつなぐことはできません。

 秋田県にはそのような社会資源が少なかったので「それなら私たちがその受け皿を創ろう!」と思いNPO法人を設立しています。当初からシェルターや自立準備ホームは地域に必要なものとして認識していました。

 それらの事業を展開するなかで、シェルターや自立準備ホームから巣立っていくために必要となる『身元保証人』の問題にぶち当たりました。シェルターは長期利用を目的として運営されておらず、自立準備ホームは保護観察所が決めた利用期間があります。

 次の居場所を考えたとき、アパートを借りるにも福祉施設等に入所するにも身元保証人もしくは身元引受人が求められます。

 あきた結いネットが支援する方の多くは、親族と疎遠になり頼れる身寄りはありませんので、まさに身元保証人の問題は制度の狭間に取り残された課題でした。成年後見制度の活用が可能な方には、法テラスと協力しながら手続きを行いますが、判断能力が低下していない方や若年層には活用できません。

 これらの課題を解決するため、平成27年1月~3月にプロジェクト会議を開催しました(プロジェクトメンバーには法律や福祉の専門家や企業、オブザーバーとして市の担当者が参加)。平成27年4月からトータルライフ支援事業結いの手(ゆいのて)という名称で身寄りの無い方の身元保証事業をスタートしました。現在までに50名以上の方の身元保証を行っています。

 このように法人設立当時は想定していなかった地域課題を解決するため、新たな事業を展開しています。他にもあきた結いネットでは障がい福祉サービスである相談支援事業所やグループホーム、就労継続支援事業を運営していますが、この障がい福祉分野の事業が丸ごと自分達の想定を超えた事業展開です。それはさまざまな障がい福祉サービス事業所が地域にあるなかで、触法障害者を理解し受け入れを前向きに検討してくれる事業所が少なかったことに大きな要因があります。

 罪を犯したことに注目するのではなく、罪を犯さなければ生きてこられなかった彼らの生活環境や特性を理解し、環境にどう働きかけたら現状を打開できるのか。彼らを一人の人間として受け入れ、どのように関わることで生き直しを支援できるのか。

 そうやって地域の課題や制度の隙間を見つめ続け、妥協せず、あきらめずに取り組んできた結果、いまのような事業展開となっています。

 現在あきた結いネットでは新たな地域課題と向き合っています。その詳細については次回以降のコラムでお話ししますね。お楽しみに。

 

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 お題への回答や、本コラムを読んで坂下さまに聞きたいことなど、事務局までどしどしお寄せください!

 

ご質問宛先

全国社会福祉法人経営青年会 事務局

E―mail:zenkoku-seinen@shakyo.or.jp

FAX:03-3581-7928

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